■ 史上まれに見る2つのキャリアによる統一ブランド
デジタルツーカーは東名阪のみに展開していたデジタルホン(現ボーダフォン)とツーカーが共同で作ったキャリアである。
当時全国展開できるキャリアは3社までと決まっておりすでにドコモ、セルラーホン(現au)が展開していた。(IDOは東名地区のみの展開だったがセルラーとローミングすることで全国で使用可能であった)
そのためツーカー、あるいはデジタルホンのどちらかのみしか全国展開できなかったのだが互いに全国展開するだけの体力もなく共同で端末を供給してローミングをすることで全国展開しようということになった。
それがデジタルツーカーである。
両社が展開している東名阪ではそれぞれの端末はそれぞれの基地局を使用しその他のエリアではデジタルツーカーの基地局を使用することとなった。
かくして史上まれに見る2つのキャリアによる統一ブランド「デジタルツーカー」が誕生したわけである。
■ 一粒で2度おいしいw
デジタルツーカーに契約すればデジタルホンの端末もツーカーの端末も使える。
しかもデジタルホンローミング機とツーカーローミング機は無条件で機種変できる。
今考えれば結構おいしいキャリアだったw
もっとも当時のデジタルツーカー筆頭株主、日産自動車はツーカー、セルラーの筆頭株主でもあったためデジタルホンローミング機に比べ圧倒的にツーカーローミング機が多かったw
とはいえ全国に散らばるデジタルツーカー各社の親会社の意向によって同じ名前なのにデジタルホンローミング機を採用していたり、ツーカーローミング機を採用していたりとかなり混沌としていた。
それによって地域が違うデジタルツーカーユーザーが話すと話が食い違ったりして面白いw(特に三菱製端末に多く同じタイプDという名前なのに一方はデジタルホン端末、一方はツーカー端末なんていうのがやたらと多い)
■ デジタルツーカーの終焉
1999年、日産自動車の経営不振によりデジタルツーカー株、ツーカー株、セルラー株が売却された。
デジタルツーカーはデジタルホンの親会社であった日本テレコムが買い取りデジタルホンとデジタルツーカーを合併。Jフォンが誕生する。
ツーカー、セルラーは日産と共に大口の株主だったDDIの子会社となった。
ツーカーはセルラーとの兼ね合いもあり再び東名阪のみの展開となってしまう。
Jフォンはどさくさにまぎれて全国展開を継続。さぞ高笑いだったことだろうw
しかしJフォン(現ボーダフォン)はツーカーに感謝しなければならない。
ツーカーがなければ全国展開は大幅に遅れ、下手をしたら膨大な資金を捻出するところだったのだから・・・
■ もう一つのツーカー
デジタルツーカーは本家ツーカーユーザーも良く知らないもう一つのツーカーであった。
なにしろデジタルツーカーユーザー自体よくわかってないのだからw
これほど混沌としたキャリアも珍しいw
ツーカーと共に激動の時代を生きたデジタルツーカー・・・頭の片隅にでも置いていてくれるとうれしいかぎりである。
posted by ガンマニアC at 20:36|
Comment(0)
|
TrackBack(0)
|
携帯業界について
|

|